2025.9.7日 夜の秋
夏が去る頃、夜だけは秋の気配が漂っていることを、夜の秋、というらしい。
夜9時頃。月明かりが照らす庭に出てみた。いろいろな植物の葉が暗闇に白く浮き上がっていて綺麗だった。椿の葉はつやつや光り、山吹の葉は線対称に生えひろがって紋様のようだった。紫蘭の葉は様々な方向に伸び、複雑に織り重なり、表面に露を散りばめていた。庭のありとあらゆる植物がうつくしくてわくわくした。
地面ばかり見ていると月が嫉妬するかもしれない。空も見る。薄く広がる雲の中、ぽっかり大きく穴が空いていて、そこから晴れた星空が見えていた。なんだか、口を下に向けて漂う巨大な壺の中を、地上から覗いている想像をした。壺中の天、という言葉が浮かんだ。
2024.11.11月 星新一の記憶
小学校高学年のときの愛読書は星新一だった。
学校の図書室の、角川つばさ文庫やかいけつゾロリなどの人気の棚からはやや離れた、子どもたちがあまり注目することがなさそうな下の方の棚に、YAセレクション15冊ほどがひっそり並んでいた。当時の私は星新一を知らないから、それらの背表紙もろくに見ず、こんな埃をかぶった本、誰が読むんだろう、など今思えば世間知らず甚だしい(こどもだったから仕方ないか)考えをしていた。だが実際、YAセレクションが貸し出されているのを見たことがなかった(母校では、自分の名前が書かれた板、代本板を 借りる本を抜き取ったところに差し込んでおくシステムだったので、シリーズものなどは誰がなにを借りているかなんとなく分かった)。それらは常に全巻揃ったまま、静かに並んでいた。
親友がYAセレクションを読みふけっているのを発見した。
彼女は非常に読書家であったため、星新一のことも当然承知していたのかもしれない。毎週のようにあの奇妙な題名とイラストが描かれたハードカバーを借り、真剣に読んでいた。閑静な棚に彼女の代本板が居座るようになった。
親友の様子を見た私は、この子が手に取るのなら面白い本なのかもしれないきっと、と思い、セレクションのひとつに手を伸ばした。
その後は怒涛の勢いではまった。以前軽蔑の目を向けていたのが信じられないほど、存分に享受していた。休み時間も帰宅後も寝る前も読んだ。当時おそらく冬だったため、布団から出た本を持つ手の冷えていくのを思い出した。最後の数行で今までの全てがひっくり返されるワクワク 、急に現れる不思議な挿絵、 幾度となく登場するエヌ氏の謎…。小学生の私は、星新一から読書の愉しみを教わった。
昨日星新一がエッセイも書いていたことを知り、気になって今日さっそく図書館へ借りに行った。資料検索すると、書架にはなく書庫にあるようだった。館員の方に持ってきてもらい渡されたのは、かなり古めの文庫本だった。
数年ぶりに星新一の文章に触れる。中学生で少し読んだのを最後に、ほぼ読んでいなかった。とてつもなく面白かったという記憶だけがあって、ひとつひとつがどんな内容だったか忘れてしまっている。少しずつ、小学生時代の読書遍歴をたどる旅に出ようかと思う。
2024.11.10日
藤原実資は自身の日記、小右記を朝に書いていたと本で読んだ。前日の出来事を翌朝に振り返り記録していたという。私は小右記のことしか知らないが、他の平安貴族の日記も同じく翌日に記されていたのだろうか。私は実資の習慣に大いに納得した。
私は大抵夜に、今日一日を総括した文章を書く。しかし私は、私が起きているうちはまだその日一日は終わっていないと考えている。日付が変わったとしても、私の今日は続いている。もし日記を書き終えたあとで何か特筆すべき出来事が起こったらまた書き足さなきゃいけない。私は結構、後になって考えれば些細でどうでもいいこともせっせと記録しがちな人間である。なので日々は特筆すべきことで溢れている。本日は世界パスタデーなので夕飯はセブンの冷凍カルボナーラだとかスパゲティとパスタは違う種類の料理ではなくパスタという分類の中のスパゲティなのだとか記録しておきたくてしょうがない。
長々と私の日記についての考えを書き散らしてしまった。話を進めると、私は、一日が終了していないのに一日を総括できるはずがない、と思いながらも完全に今日が終わっていない夜のうちに日記を書いていた。だから実資の翌朝に書く習慣に、そういう手があったかと、すとんと合点が行った。
そういうわけで私も史実にならい、この日記を翌日に書き投稿していこうと目論んだ。だが、さあ新しい一日へ向かうぞというときに、昨日のことをいちいち詳細に思い出しこまごまと記さねばいけないのは、とてつもなくめんどくさい。やっぱり今日が終わってないうちに書いちゃってもいいかもしれない。書き終えたあとでなんかあったら翌日分に書きゃいいのだ。私は実資ではない。
日記本編に入る。今日は端的に済ます。昨夜ちゃんと夜に寝床で就寝したおかげで、今日は午前中に起きることができた。そしてパン屋へ行けた。夜スーパーへ行ったら春巻が半額で売れ残っていて、うれしくて2パック買った。
2024.11.6水
朝まで起きて卒論構想発表会の資料を作成していたため、1限目のExcelの授業はずっと白目を剥いていたと思う。濃い靄が立ちこめる中を彷徨い歩いていると、遠くのほうから先生の声が聞こえ、突如眼前にパソコンが現れる。散布図だのレーダーチャートだの聞き慣れない単語が耳から頭に流入してくる。なんとか操作しようと指を動かすも、靄の中をほっつき歩いていたので説明を聞いておらず、操作方法が分からない。そのうち再び靄に攫われ、画面が見えなくなってしまう。そんなこんなで90分が過ぎていった。
2限目は授業はない。一晩中考えたことをいそいそとWordで打ち込み印刷した。
3限目、卒論構想発表。紙に書いてあることをほぼそのまま読みあげるだけでいいし、聴衆も少ないのだが、どうしたって緊張が忍び寄ってきてしまう。声が震えそうになりながらなんとか読み終え、先生からアドバイス的なことをいただく。このとき、先生が発表者に質問をするが、公衆の視線に晒されるなかで作品に対しての深く複雑な考えなど、まともに語れるわけもない(少なくとも私は)。ふわふわと、言葉を曖昧に宙に浮かべるような返答で応対した。先生は、大体は合っているが微妙にずれたような理解を示してくれた。
他にも今日明日締め切りの課題があるが、今週最大の難関が過ぎ去り、だいぶほっとした。
カイロを使い始める季節になった。
2024.11.2土
髪の毛は1日にまず100本は抜けるらしい。馴染みの美容室の方が言っていた。
15センチほど切った。
帰り道、花水木の赤く染まった葉っぱが雨に濡れてつやつやしていて綺麗だった。
2024.11.1金
新しい月になった。年末ももう近いのか。
午前4時ほど、こたつで目を覚ました。昨夜スーパーで買った見切り品の袋入りみかんが目に入る。袋から取り出し、油性ペンで顔を描きいれる。かぼちゃの代わりである。一日遅れのハロウィン。みかんに顔を描き込む午前5時。

芥川龍之介は本名だということを初めて知った。
2限目の授業中、作家になりたいと思った。
今まで何度も何度もそう思い立っては現実の厳しさを知りすぐ諦めてしまってきた。今回は本気で目指す。
夜、夕飯を食べながら蘭たんのツイステハロウィン実況を見た。ハロウィンタウンへの入り口を見つけてからずっとハイテンションでめちゃくちゃおもしろかった。思わず笑った。スカリーにイキったりひたすらジャックと話したがったり忙しかった。
2024.10.31木
ハロウィンだ。
夜7時頃スーパーへ行った。店内BGMは嵐のMonsterだった。
唐突だが、私は人外が好きだ。さらに言うと人外と人間が恋するシチュエーションが好きだ。この癖はいったいいつごろ形成されたものだろうかと考えると、幼稚園に通っていたころだと考える。
当時、母が車でよく流していたのがMonsterだった。この曲以外の曲ももちろん流していたとは思うが、記憶に残っているのはMonsterだけだ。幼い私の耳と頭は、サビの歌詞に引き付けられた。
ぼくのきおくがすべてきえても、うまれかわったらまた、きみをさがす………?……どうやって??
真剣に思考してみた。記憶が全て抹消した状態ならば、「きみ」のことも当然忘れているはずである。それなのに「ぼく」は「さがす」と宣言している。
理屈を覆してしまうほどの、運命としか言い得ないものが、「ぼく」と「きみ」とを強く結びつけているのだろうか。転生してもなお消えることはない強烈な絆。この世の理を超えてしまうなにかが、ふたりの間には存在しているのだろうか。
そこまで考えた私の胸は、ただただ「ぼく」と「きみ」が無事再会を果たすことを願っていた。どうかふたりがむすばれますように…。
人ではない「ぼく」が種族のちがう「きみ」への想いを歌うMonster。この曲によって私の人外好き、異種族間恋愛癖は形作られたのだと、スーパーの売り場を歩きながら思った。